小説「粉雪」3


                     粉 雪 
                                              牧村せつら

             第一章 出会い part1-3

   年の功は50歳を迎えるくらいであろうか。ロッキングチェアー
に身を任せ、一人静かに音楽の世界に陶酔していた。
   これまでの人生を表すかのように眉間には深いシワが刻まれ
ていた。男一人、何を思索にふけるのだろう。

   男は自らが創り出した芸術品(子供達)に囲まれ、昼下がりの
至福の刻を楽しんでいるかのようだった。

  どこからともなく、来訪者を告げるチャイムの音色が聞こえてき
た。それでも男は何事も無かったように、バードに聴き入っていた。

  しばらくして、アトリエのドアが、2回ノックされると、家政婦の美
菜子が入って来た。
「先生、若い女性の方がお見えですよ」
  先生と呼ばれた、男は目を閉じたまま少々疲れたようなけだるい
声で答えた。

「お名前はお聞きした?」
 美菜子は、アッ、と驚いた表情を滲ませた。いつもの事であるのだ
ろう。男はさも何ともないように続けた。
「丁重にお帰りになってもらって…」
  なおも椅子に揺られて、目を閉じたまま、顔は上を向いていた。軽
く右手を挙げて、手の平で追い払うジェスチャーをみせた。男にとっ
て来訪者など日常茶飯事なことであった。

  画商から、インタビュア、画学生、それにファンと名乗るものまで…。

「それが、その…、何としても先生にお会いしたいと言うことでして…」

 美菜子が、珍しく困った様子で言葉を濁らせた。

(珍しい、美菜子が戸惑うなんて)
  いつもは、強引に来客を追い返してしまう事を知っているだけにそ
う感じたのである。

「どうかしたのですか?」
「それが、その…先生にどうしてもお尋ねになりたいことがあるとかで…」
  美菜子はますます言いにくそうに、声のトーンを弱めた。
「僕に何を聞きたいって…」
「その、よく分からないのですが、なんでも…母についてお聞きしたいとか
何とかで…」

  刹那、それまで閉じられていた画家のまぶたが見開かれた。
                                                                                   つづく







2008年10月31日 Posted bysetura at 20:08 │Comments(0)

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